July 02, 2008

あっぱれ長野!

縁あって長野に行ってきました。

嫁さんの知り合いのチベット・サポーターの坊さんと共にまず善光寺にお礼参り。そこで善光寺の僧侶の方に会ってダラムサラに行ったときの話をしました。ダラムサラではTVで聖火リレーを見た何人ものチベット人から、

『聖火リレーの時は日本のサポートありがとう。もしスタート地点を断ったお寺の人に会ったらお礼を伝えて欲しい』

と伝言を頼まれていたのだが”そんなチャンスあるかいな?”と、まさか本当に伝える日が来るとは思ってなかった。そこでその旨伝えたところその僧侶の方は、『本当にうれしい、やってよかった・・・』と涙ぐみながら答えていらっしゃいました。噂では、出発地点を断ることに関して反対も多く、若手の僧侶を中心に寺を出る覚悟での話し合いだったようで、かなり苦労されたようです。いやはや、善光寺の皆様どうもありがとうございました。

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また今回の一件で、宗派を超えてチベットの平和を祈念する僧侶の会”スーパーサンガ”が出来たそうです。参加は僧侶のみで小生は参加できませんので知り合いの僧侶には宣伝するようにしています。

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もう1つエピソード。ひさびさの日本のチベットネタです。今回長野に行ったついでにチベットにまつわる宝篋印塔を見に行ってきました。

長野市街地の北部の山の中腹にある”西蔵経宝篋印塔”は、チベット亡命政府樹立から2年目の1961年に多田等観氏と3人のチベット人が善光寺に参拝したのを記念して、千曲川の小石にチベット語でお経を書いたマニ石や般若心経を世界平和を祈って収められ、その後、毎年5月に法要が行われるようになったそうです。

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ただ驚きなのは今でも毎年法要をしているということ。多くの場合には年々小規模になって行き、2年やったら次は7年目と13年目かな?みたいになりがちなのに今でも毎年続けているそうです。当然毎年参加される方は減る一方なのでしょうがこれはすごいことだと思います。ある意味参加されてるみなさんは45年もチベットサポータをされてるわけなんですね。

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今まで長野ってスキー以外であまり縁がなかったけど色々考えさせられてしまいました。山も古いお寺もあるからチベットといろんな意味で縁があるのでしょうか?

いやはや長野あっぱれ!

・・・おまけ。こ、この幼稚園は名前が濃すぎる!

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May 12, 2008

チベット亡命医師の手記/四川省で地震

チベット人で日本の医師である西蔵ツワンさんの手記が現在発売中の文芸春秋に載っています。

チベット亡命医師の手記 

私は見た 中国の「洗脳・密告・公開処刑」

7歳の少年は「ダライ・ラマは反逆者」と教えられた

西蔵ツワン(武蔵台病院副院長)

西蔵さん1952年シガツェ生まれで、1959年の動乱当時は7歳でもろ中国の洗脳教育を受けていましたが、その後父親に騙されて?インドに亡命することになったそうです。その後は難民キャンプからインドの英国式パブリックスクールへ。そして故・木村肥佐生氏の導きで日本留学して医学の道を志されました。

西蔵さんには先日の埼玉県鴻巣市のチベットのイベントで仕事で忙しいところを来ていただき、チベット問題の話だけでなく通訳もしていただいたのですが、非常に温和な方でこのような激動の半生を送られたなんて微塵も感じさせません。

とにかく読みごたえはありますのでお勧めします。

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四川省で大地震だそうですね。震源地はアバで100KMも離れている成都でもかなりの死者が出てるとか。ただ都市部は救助も復旧も早いでしょうが、震源地のアバも含めこの周辺のアムド・カム地方の人達の安否が気になります。現在この地域は外国人の立ち入りが禁止されているそうなので、ここにちゃんと外国人を入れてくれるのか気になります。ビルマみたいなことにならなきゃいいけど。とにかく漢人、チベット人、その他の民族の方も分け隔てなく亡くなられた方にはご冥福をお祈り申し上げます。またこれ以上の被害が出ないように中国政府には迅速かつ柔軟な対応をお願いします。

ただ今回の地震の原因は、チベット動乱の影響で坊さんがお勤めできなくなって羅刹女が暴れちゃったのかも?

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April 29, 2008

ダラムサラ到着

昨日ようやくダラムサラに着きました。とにかくくそ暑いデリーから早く脱出したてダラムサラ行きの夜行バスの乗ったのはよかったものの夜中にパンクで修理工場に入ってる間にゲロってしまった。やっぱり疲れてる時にビールとカレーは食い合わせが悪いみたいです。よい子は真似しないでね。反省。

結局ダラムサラまでに合計パンク3回。3時間ほど遅れでようやく到着した。少し休憩して町をぶらついてみたけど8年前から比べて中心はあんまり変わってないけどはずれの方は建物が増えててだいぶ雰囲気が変わってました。

町の雰囲気は混乱はなく落ち着いてます。ただ町中のあちこちに殺されたチベット人たちの遺体の写真がいっぱい張ってある。これの真偽についてはいろいろ言われてるんだろうけどまず見た目がチベット人っぽいこと、遺体が銃で撃たれたり殴られたりしていること、これまでこういう写真があれば表に出てきているはずだということで今回の動乱の写真だと個人的には思っています。

またお寺の前にはハンガーストライキ中の人たち10数人ほどいてすでに44日経ってるという表示がありました。頑張ってほしいけど無理しないでね。

それから以前からサポートしている子供の母親の家に行って少し話しを聞いてきました。どうやら彼女の弟がラサのお寺にいたんだけど行方不明になって心配しているらしい。聞くところによるとデモとかしてつかまるのを恐れた若い僧侶たちはその後山に逃げ込んでしまってるらしい。そういう人たちは結局残された道はヒマラヤを越えて亡命をするしかないんだろうけどなんとか無事でいてほしい。

あとあるチベタンから「日本人のチベットサポートに感謝します」という言葉をもらいました。ちゃんと長野を見てくれたようで嬉しい限りですな。

夜はキャンドルナイトがあったので参加してきました。たぶん49日の法要だと思うんだけど1000人ぐらいの人がお寺にロウソクを持って集まり、僧侶と一緒に全員で読経のあと黙祷。最後に国歌を歌っていました。

とにかく着いてそうそういろんなことがありました。また追ってレポートします。

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January 17, 2008

ウィグル料理店”ムラト”

前から行きたい行きたいと思っていたウィグル料理店”シルクロード・ムラト”に行ってきました。

外観は、上の看板と後からつけたらしき柱とガラスには大きな字がいっぱい書いてあるけど一瞬見ただけでは何屋さんなんだかよくわからない感じである。

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中はカウンターといくつかテーブルがあってほぼ満席。客層も近くに大学があるせいか若い人が多い。さて店の雰囲気というと普通のレストランという感じなんだけど、天井にブドウとか布とかあったりウェイトレスのエプロンにちょっとウィグルの布が使われていたりして所々にウィグルを演出している。いろいろ工夫して頑張ってますなあ。

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とりあえずウィグル料理の定番のポロとラグメンの他に何品か頼んで食ってみた。うーん懐かしい。ウィグルの西の端タジキスタンの国境の町イーニンで美人女将がやってる店に何度かポロを食べに行ったのを思い出した。

さて食べ終わった頃に留学生かな?眉毛が少し濃い若いウェイトレスに話かけてみた。

『ウィグルの人ですか?』

『はい、ウィグル人です。ウィグル人に見えませんか~?』

『眉毛でウィグル人だとわかりますよ。』

『私も実はお客さん達が入ってきた時に気になってたんですよ~!』(嫁さんも眉毛が濃い)

なにげない?会話だったんだけどよく考えたら一般的な日本人はウィグルの人がどんな顔してるかなんて知らんわな。

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帰り際にカウンター越しの店員と客からウィグル語らしき言葉が聞こえてきた。こんな日本の片隅でもウィグル人達も頑張ってるんやねえ。お店もいつまでも頑張って繁盛させてほしいもんですな。

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December 14, 2007

カイラスに行ってきた。

カイラスに行ってきました・・・ただカイラスはカイラスでもカイラスレストランです。それは京都の丸太町にひっそりとあります。

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チベット好きの夫婦が昨年オープンしたまだ新しいレストランです。外からの見た目も中もどちらかと言うと和風のレストランなんだけどそこここにチベットらしさというかカイラスがあります。またメニューもこだわりがあるのかベジでした。他にもチベ好きの知り合いが作ったらしく服や小物の販売も行っています。

そのうちの1つ。看板もカイラってます。

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そしてこの箸置き。カイラスにしてはちょっと凸凹してるけどとりあえずチベットしてます。

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さらにケルンもありまっせ~!

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2階にはなかなかいいチベットライブラリもあるし、1階にはチベットに関係ないけど”もやしもん”もありました。けっこう和める場所なので京都にお寄りの節にはどうぞ行ってみてください。

カイラスレストラン

京都市左京区聖護院山王町19-2[地図
TEL: 075-752-3127

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August 06, 2007

チベットに一番近い場所?2007

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昨年のうらるんたさんに続き、今年は私が日本でチベットに一番近い場所行ってきました。

昼過ぎに五合目の駐車場を出て、夕方にはタルチョがかかってる八合目の宿に到着。さっそく山小屋で働く知り合いがチュバを着て懐から出したカターでお出迎えがありました。彼は、夏の居所は富士山の山小屋、夏にはチベットということで年中高山病にはならないらしくなんともうらやましい限り。

さっそく中に入ると、チベットカーテンはあるわ、注意書きもチベット文字だわ、さらにはスリッパにもチベット文字が書いてあるけど、下の畳を見たらやっぱりチベットには見えんわな。

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トイレに行くと洗面台の注意書きもチベット語。英語とかハングルとか中国語はいらんのかいな?

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本当は頂上でルンタを撒きたいぐらいだったんだけど流石に日本でやるとひんしゅくもんなのでやめました。あとできたら山小屋でバターでも出してもらえると雰囲気出るけどなんせ500mlのペットボトルが500円だから水もバターも持って上がるだけでも大変か?

何年か前に登ったときにも思ったけど登るときに下から山小屋を見上げるとラダックのお寺を思い出す。 下から人のいなさそうなゴンパを見上げて『あそこまで登っても鍵守りの坊さんがいなかったらどうしよ?』なんて思ったりしたけどそんな不安はどこへやら。いろいろお世話になりました。

でも、また行いたい?って聞かれてもこれで二度登るバカになってしまったので三度目はしばらくいいですわ。

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August 28, 2006

ちべ土産その1

その1と書きながらまたいつものように途中で終わってしまったらごめんなさい。

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今回のカム旅行で買ってきたものを順番に紹介して行こうと思いますが、一つ目は”ダライラマのドキュメンタリー(中国版)”です。

これは中国の中央電視台が1997年に作成したドキュメンタリーなんだけど内容が中国に都合のいいように作られてるのは当然としても出てくる映像は見たことないものばかり。

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まずは、1930~1950年代の古い映像。これはチベットの一般的な生活のほかに幼少~亡命前までのダライラマの映像が大量にあって一見の価値があります。ただ中にはカラー映像もあるんだけどこの当時にカラーフィルムがチベットにあったとは驚きです。まさか最近になってコンピューターで色をつけたのかな?まあ何にせよ古きよき頃のチベットがお好きな方ならけっこう楽しめます!

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ただまあのんびりした風景だけではありません。目を被いたくなるようなポタラ前を進軍する人民解放軍とかプロパガンダみえみえの裕福な貴族に対比した労働で疲れている農夫とさらには中国の言う解放後に喜んでいる人民なんかも映像もあります。

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あとおどろいたのはチベットでは裏切り者とされている”アボ・アワンジグメ”氏のインタビュー。なんか都合のいいことばっかり言ってる気はするものの現在なんと96歳!まだ生きていらっしゃったんですね。

ダライラマの映像や写真はチベット本土内では規制されているもののやはり亡命前のダライラマは問題ないんだろか?北京のチベ寺”雍和宮”のミニ博物館にも毛沢東と一緒に写ってる写真はありました。

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こういうVCDもカムだから売ってたのかな?今回行ったリタンのお寺にもダライラマの写真が堂々と置いてあったり、町のお店にも写真入ペンダントが売られていたりしてけっこうゆるゆるのようです。これは四川省だからなのか?荒くれ者の多いカムだから当局も規制しにくいのか?

まあどっちにしろ当局も写真ぐらいでケチケチするなよなあ~。

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May 16, 2006

草津よいとこ一度はおいで~♪

親が熊谷にやってきたのでたまの親孝行で草津温泉へ・・・。

とりあえず名物の”湯畑”と”湯もみ”を見て散歩でした後になんちゃらと煙は高いとこに行くということで、温泉街を見下ろす高台にあるお寺”光泉寺”にお参りに行ってみた。

さてお参りも終えて横にある灯篭を何気なく触ってみたらどうやら回る様子。

『おっ!こんなところで日本のチベット発見!』

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大型の木製マニ車は全国各地にあるらしく、それほど珍しくないらしいけどこれだけ小型のものは初めて見た。

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しかも横には、キリン、うさぎ、ゾウっぽいすかしもあってなかなかおちゃめ。隣にある幼稚園の情操教育のためかな?

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出来たらこのサイズの木製マニ車をお寺の周りにぐるりと一周置いて欲しいわ~。

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January 12, 2006

また買ってしまった。

とりあえず今回のチベット旅行で買ってきたもの紹介。

物欲に惑わされるのもよくないし部屋が狭くなると思いながらも購買欲が抑えられない。困ったもんだけどでもやっぱり自慢したい。という訳で紹介します。

●電気マニ車

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前から欲しかったブツけど今回ラサではなく帰りに成都のチベット人街で買いました。ただ中にお経満載だから意外と持って帰ってくるのが重かった。しかし一番気になってたのは中国のコンセントの電圧は200Vだけど日本は100Vなのでちゃんと回るかということ。ただ”電圧が低い方だから壊れたりブレーカーは飛ばないだろう”とタカをくくり、いざコンセントに恐々差し込んでみたらゆっくりだけど回り始めた。よっしゃ!これで来世も安心だ。

●ミニチュア皮舟

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たまたまラサで見つけた大きさ10cmぐらいのミニ皮舟。バルコルの南の方でリクスム・ゴンポから北に少し入った右側にある”郷村手工業公司”というNGOがらみの産地直営のお店を見つけて気に入って買いました。こういうの好きなんよな。

●銃座?

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以前からチベットのゲリラ兵等の写真を見て気になっていたのが銃の先についてる2本のトゲ 。何に使うのか思ってたら隠れるとこの少ないチベットで猟銃を使う時に伏せなきゃならんのでその銃座は尖って曲がってて地面に突き刺さるようになってる。これをバルコルで見つけた時は感激して買ったものの日本に持ち帰るには不安があった。

”税関で引っかからんか?”

ただあくまでも銃座だから銃刀法には引っかからないはずだけど、先は尖ってるし銃の部品扱いにされたらどうしよう?と思いながらも成田について税関へ・・・・。

 職員 : 『これ何ですか?』

 オレ : 『あ、チベットで銃の先につける銃座です』

 職員 : 『へ~そうですか。じゃ銃は持ってますか?』

 オレ : 『ははは、持ってませんよ・・・・。』(苦笑)

こんな感じで結局問題なく持ち込み成功。今は家でオブジェになってます。

なんだかんだでいろんなブツを家に持ち込んでしまった。これでまた部屋が狭くなるなあ。

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November 08, 2005

インド人すご!

赤羽に住んでるチベ友から”家の近くにチベットっぽいお寺がある!”と聞いたので行ってみた。

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赤羽駅から南に5分ほど行ってコンビニの横から路地に入るとそこに中国っぽい門が見えて来た。お寺の名前は普門院。う~ん、真言宗のお寺の割にはちょっと怪しげや。

さらにうるさい犬に吠えられながら奥に入って行くと、何やら怪しげな仏塔が現われた。形はどうもチベット風というよりはインド風でブッダガヤにあるのに似てるかな?近づいてその扉の上を見ると何やらヒンディっぽい文字が・・・。

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これはどういう意味や?疑問に感じたので、後日職場のインド人”M氏”に写真を見せてみると『これはヒンディじゃなくてサンスクリットだ!』と言いその場で読み始めた。

うーぱんにゃーす・・・さるうぁさんすかーら・・・・

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お~読んどる読んどる!すごいなこいつ!サンスクリット語はエリート・インド人のたしなみだと聞いてたけどたいしたもんだ。

とりあえずその場で英語で意味を説明してくれたが専門用語が多いこともあってさっぱり意味がわからなかったので書いてくれと頼んだら昼休みにメールが来た!そいつを和訳するとこんな感じ。(英語も仏教も自信ないので正直訳にも自信ないですが・・・)

UPANIYA SARVSANSKARA || NIRATMAN SARVDHARMA ||

           SHANTAM NIRVARNAM ||

いろんな解釈が出来ると思いますが、私はこのように理解します。

”もしあなたがこのきれいな心を持った人の教えを得て、SANSKARA (因果)と全ての宗教上のDHARMA (法)に従って行けば、 あなたは平和な生活を得てMOKSHA(NIRVANA(涅槃))を成し遂げることが出来るでしょう。 / 輪廻からの解脱”

おそらく仏教の教えによる声明だと思います。

追伸、久しぶりに素晴らしいサンスクリットの言葉に出会いました。

なんでこんな短いサンスクリット語がこんな長い文章になるのかはよくわからんが、ぶっちゃけ、サンスクリットを辞書なしにその場で訳すというのは、日本で言うなら万葉集を辞書なしで現代訳するぐらいのもんじゃないの?

彼は特別かもしれんが(もう1人のインド人はよくわからなかったみたい)エリートのインド人っていろんな意味ですごいなと。彼らは大学出て技術屋で日本に来てるぐらいだからかなりのエリートで実家に帰ればおそらく大豪邸に住んでメイドさんがいるような暮らしをしているのに日本に来たら狭い寮に押し込まれ、飯も不自由だし、共同の風呂に入らされるしで少し可愛そうになってくる。

以前、出張した時にで寮の知り合いの部屋に泊まって朝早く風呂に入ったら、インド人が数人パンツ穿いたままで並んで体を洗っていた。確かに夜だと日本人が多いから恥ずかしいんだろうなあ。

さてこのM氏。一応”ヒンドゥスタニー”という感じでもろインド人なんだけど、母親はダラムサラ出身である上に父親が軍人で小さい頃にはシッキムのガントクで育ったそうな。

なんだか妙な形だけどやっぱりチベットとの縁があるもんですなあ。

余談だけど職場の2人のインド人同士はお互いに言葉が通じないらしくいつも英語で会話してます。インド人も大変だ。

普門院の地図

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