サピオに法王の記事/アポ・アワン・ジグメのこと
現在発売中の雑誌SAPIOにダライラマ法王のインタビュー記事が載ってた。
その中で実際に私も気づかずに使ってたけど”チベット亡命政府”という呼称は適当で
は無く”チベット中央政府”というのが正式な呼称になるのですね。以後気をつけます。
あと驚いたのは”一番感銘を受けた人物が毛沢東”というのはどういうことなんだろうか?その前後に続く言葉がありそうだけどそこまで書いてない。”会った当初は・・・”とか”今は・・・”とか無いのかな?
それと最後にある”日本政府に何も望むことはない”というのは、どういうことなんだろう?法王のことなので嫌味で言ってるつもりは無いだろうし、これは日本人としてはなんとも凹む言葉ですなあ。
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もうだいぶ前だけどアポ・アワン・ジグメ(ンガプー・ンガワン・ジグメ)が亡くなった。
映画セブンイヤーズインチベットの中では、チベットを中国に売った裏切り者で怒ったハラーがもらった服を返すというくだりがあったが、その反面ダライラマ法王の著書の中では”アポでさえ避けることが出来なかった”と擁護するようなことが書いてあったので以前からいったいどっちが真の姿なのだろうと気になってウィキペディアを読んでみたら、まあ中立的な書き方ではあるけどどちらかというと親中国的な立場であったようである。
では当のチベット人はどう思っているのか気になって、知り合いのチベット人にどう思うか聞いてみたら今では裏切り者とは思われていないということだった。
昔は、武器庫を爆破して逃げたとか、勝手に中国と17ケ条協定を結んだとかで裏切り者としてチベット人から嫌われていたけど、その後本人が「武器庫は奪われる前に爆破した」「17ケ条協定は後ろから銃をつきつけられて調印した」というような発言をしたことで見直されたという。
同様に前のパンチェンラマ10世も当初は裏切り者として嫌われていたけどその後の発言で見直されたこともあった。
まあチベット人でもいろんな意見はあるだろうけど、今回のことでものの見方は一方からじゃダメやなと実感ですわ。
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Comments
おひさしぶりです。
なんか、よくわからんけど、ぼくって、ひょっとして、あらしsとカウントされてる?
ブログ更新状況側から、行けなくされてるようで。
ぼくは、さいしょっからしってましたよ。
だって、パンチェンラマご本人から、人柄とか聞いてたし、ダライラマ自伝でも、奪われるなら爆破しようって感じ的な描写だったから。
中立派と言ううよりも、2人は、法王の意見を聞きながら、何とか、国内側から、中国政府と法皇様と、引き合わせて、何とかして、弾圧を止めたかったんだと思います。
Posted by: カルマ・フォーチュン | February 18, 2010 02:49 PM
ギャワリンポチェ様のツイッター見つけたと思ったら、実は、偽者で、今日の中日新聞の朝刊に、ギャワリンポチェ様が、ツイッターについての説明と登録のために、アメリカのツイッターの関係者と懇談しているとの内容の記事が載ってました。
英語が読めないから、僕は無理ですね。
その前に、ツイッターの登録方法が、わからんし。(しくしく。)
Posted by: カルマ・フォーチュン | February 25, 2010 12:19 PM
>なんか、よくわからんけど、ぼくって、ひょっとして、あらしsとカウントされてる?
いや何もしてないですよ。
>中立派と言ううよりも、2人は、法王の意見を聞きながら、何とか、国内側から、中国政府と法皇様と、引き合わせて、何とかして、弾圧を止めたかったんだと思います。
セブンイヤーズインチベットの扱いがひどかったですもんね。それとも一般的に汚名回復したのが最近なのかな?
>その前に、ツイッターの登録方法が、わからんし。(しくしく。)
ツイッターのトップページから登録できたはずですよ。
Posted by: 風来坊 | March 07, 2010 09:06 PM