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December 14, 2007

カイラスに行ってきた。

カイラスに行ってきました・・・ただカイラスはカイラスでもカイラスレストランです。それは京都の丸太町にひっそりとあります。

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チベット好きの夫婦が昨年オープンしたまだ新しいレストランです。外からの見た目も中もどちらかと言うと和風のレストランなんだけどそこここにチベットらしさというかカイラスがあります。またメニューもこだわりがあるのかベジでした。他にもチベ好きの知り合いが作ったらしく服や小物の販売も行っています。

そのうちの1つ。看板もカイラってます。

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そしてこの箸置き。カイラスにしてはちょっと凸凹してるけどとりあえずチベットしてます。

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さらにケルンもありまっせ~!

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2階にはなかなかいいチベットライブラリもあるし、1階にはチベットに関係ないけど”もやしもん”もありました。けっこう和める場所なので京都にお寄りの節にはどうぞ行ってみてください。

カイラスレストラン

京都市左京区聖護院山王町19-2[地図
TEL: 075-752-3127

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December 11, 2007

世界ふしぎ発見!の発見

たまにはブログも書かないとダヤンウルスのサイトで下のほうに落っこちてしまうのでちょくら時間作って書いてみました。

っちゅうわけで世界ふしぎ発見!”青海チベット天空の道を行く!”を突っ込んでみます。

昨年開通した青海チベット鉄道
最新の技術により標高5000メートルを超える
天空の旅を一般の人が楽しめるようになりました
しかしおよそ1300年前この鉄道とほぼ同じルートを
旅した若き姫君がいたというのです……
ミステリーハンター・諸岡なほ子が
青海チベット鉄道に乗り チベットの礎を築いた
王と王妃の数奇な人生を辿りながら
青海・チベット高原の大自然に迫ります!

文成公主をよく知るチベタリアンなら、この”青海チベット鉄道と同じルート”という文章を見てあっちゃ~っと思ったことでしょう。

実際の番組の内容もこんな感じ

  ”文成公主を吐蕃のソンツェンガンポ王が迎えに来て結婚した”

  ”文成公主は青海チベット鉄道とほとんど同じルートを通ってラサに行った”

それじゃジェクンドの文成公主廟はなんやねん?っちゅうことでちょっくらチベットを知るためのバイブルとも言われる山口瑞鳳著”チベット・下”を開いてみました。

チベット人たちはもちろん、欧米の学者たちも、文成公主がグンソン王と結婚して子をもうけ、カムに生活していたどころか、ソンツェン王が文成公主と再婚したことなどとは露知らず、公主がカムに留まってチベットに入るのが遅れたことをいろいろ妄想して説話をつくりあげ、一部の学者は70年後に迎えられた金城公主の話と入れ替えられたりしていたのを両方ともそのまま真に受けていた。

日本ではこれが定説になっているように思うんだけど中国内ではそうではないようである。実際2001年に中国で作られたTVドラマ”文成公主”はこれと同じようにソンツェンガンポ王と結婚してチベット鉄道と同じようなルートを通った話になっているようです。

Tibet2

概略のルートです。最大で600kmぐらい離れてます(赤:青海チベット鉄道、青:文成公主のたどった道(山口説))まともに考えたらこんな町なんてほとんど無い大平原を通って行かないってば。

ふと”世界ふしぎ発見!”のエンドロールを見ると”新華通信社”の名前を発見。たぶん新華社のことだと思うんだけどおそらくここが情報を発信したのを番組がそのままろくに検証せずに鵜呑みにしたんじゃないかと。しかし今回の番組といい、TVドラマといい同じような解釈ということは山口説というのは少数派なんだろうか?

ここでふと青の洞門の話を思い出した。近くに住む友人の家に遊びに行った時に現場を訪れたところ断崖絶壁の難所だと思った場所も川を挟んだ向こうに田んぼが広がっていた。”これのどこが難所やねん・・・”そこで友人に「お前の地元のことなんやからちゃんと調べんかい!」と一喝。その後地元の図書館で調べてもらったらどうやらこの洞門は公共工事で巡礼のための観光道路を掘ってその後通行料を取っていたということがわかってがっかりした。

結局、文成公主の話も青の洞門の話にしても、現実よりも美談でわかりやすいのがまかり通ってしまうっちゅうことなんでしょうかね?そりゃまあ夫が早く亡くなって父親と再婚するなんて現代社会では美談にはならんわな。だから王子のクンソンクンツェンと結婚していたこと自体を無くしてしまった。そうするとカムに住んでた説明がつかないからこれもなくしてしまった結果、チベット高原を通るルートになってしまったということでしょうね。

唐から来た文成公主とネパールから来たティツィン王女も同じように功績があるはずなのに文成公主ばっかり注目されてしまっている。中国の支配下にあるチベットにしてみたらチベットと中国を結ぶ架け橋をわかりやすく、美しくアピールするところになにやら意図的なものを感じてしまいますな。ティツィン王女の話もどっかドキュメンタリー番組を作ってくれんかな~・・・。

おまけ。麺の起源がチベットにあったなんて知らんかった~!!

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